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漬け物樽のこと

山本ひでこさん(神奈川県)/木のある暮らしとわたし

おいしいお漬け物を食べたくなって白菜を買ってきた。こんな時季なので冬場に比べると値段はかなり高い。でも私は食いしん坊なのだ。それと、久しぶりに木の樽で漬けてみたかったからだ。この樽というのは少し前に仲間とお祝い事をやったときの酒樽だ。中味を平らげて空になったのを私がもらってかえり、以来漬け物用にしている。径40センチ、深さもほぼそれくらいだから二斗樽というのだろうけれど、よくもまあこれだけのお酒を呑んだものとあきれる。その木樽で菜っ葉やお大根を漬けたものだった。樽が鎮座していると本格的な雰囲気がかもし出される。見たひとも感心してくれる。しかし、面倒くさいのも確か。ごしごし洗ったり、お日さまに当てたり、使い始めには水を張っておいたり、世話が焼けるのだ。軽いプラスチック樽の機動性にはかなわない。木樽の出番が減ってきた。私はそれをほこりがかぶらないようくるんで大事にしまい込んだ。これがいけなかった。漬け物はもっぱらプラスチック製樽の担当となってしまった。

最近になって木樽のことを話題にする機会があった。うちにもあると言うと「それは貴重ですよ。手入れして大事にお使いなさい」と言われた。そこで、また使ってみようかという気になったのだ。おそるおそる取り出してみる。あーあ、やっぱり。タガはゆるみ板と板の間には隙間ができていた。それでも木肌はきれいな色を保っている。「あ、覚えていてくれたのですね」と樽が挨拶したような気がした。ごめん、ごめんとタガを整え水を注ぎ入れる。ホースからザアザア流し込むのと同じ速さで隙間からザアザアと水が流れ出る。何度か繰り返しても同じこと。だめだ、これは。次の日もやってみる。流れ出る速度が少し遅くなって三分の一から半分くらい水が残るようになった。三日目の朝、樽の口まで水をいっぱいにし、夜様子を覗いた。水は減っていない。漏れが止まった証拠に、濡れていたコンクリート床が四日目には乾いていた。

静かな驚きが私の中に広がった。根を切られ製材されたこの杉板材はいってみれば命を絶たれたはずなのに。しばらくぶりにたっぷりの水で喉をうるおした杉板は少し赤みを増したように見える。板は見事に板目で統一されている。柾目板だと水分が染み出してしまうからと、教えてもらったことがある。一枚一枚の板が微妙に湾曲しているのはどういう材の取り方によるのだろう。そしてこれも天然素材である竹を編んだタガ。こんな技が脈々と伝えられている。なくなってほしくない。

このたびは何とはなしに身が引き締まる思いで白菜を漬けた。さて、出来上がり具合はどうなるだろう。