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40年連れ添った本箱よ!サヨウナラ

薩摩隼人さん(東京都)/木のある暮らしとわたし

木で作られたモノとの忘れられない最初の出会いは、少年時代の夏休みの宿題で作ったマガジンラックだ。当時は我が家だけでなく、大方の家庭も貧しく、材料を買う金を親に出してもらうのは憚られた。わたしは仲のよい友だちと材料を求めて町のあちこち歩き回った。その挙句、道端に捨てられた木製の古くてガタのきた茶箪笥を見つけ、それを解体して分け合い、マガジンラックを作り上げた。デキや見栄えはともかく、材料から捜し出し、自分の手で仕上げたことが嬉しく、古雑誌や古新聞を入れては満足したのを憶えている。まだモノへの愛着心が育っていなかったせいか、いつしかマガジンラックが行方知れずになっても気にはかけなかった。

木で作られたモノとの決定的な出会いともいえるのは学生時代のことである。町を歩いていた私は古道具屋の店先から食み出している木の本箱にぶつかりそうになって足を止めた。それはガラス戸や抽斗のような飾りがついているわけではなく、棚の高さの調節も利かぬ、何の変哲もない本箱だった。だが、無骨そうな作りに何故か惹きつけられた。とりわけ背面も一枚板で張った作りがいかにも頑丈そうに見えた。

その頃、バイトで少しは自由になる金が懐にあった私は、ほとんど発作的に本箱を買うことにした。一見して無愛想そうな店の主は意外にも「買うんだったら、サービスで塗り替えてやるよ」と言ってくれた。弟との共同の部屋に置かれた本箱には、バイトで稼いだ金で買った本が詰め込まれていった。納まる本は学生時代から就職、結婚して子供が生まれるという人生の節によって、文学書、哲学書から経営学やビジネス書へと変っていった。

本の量が増えるにしたがい、合板製やスチール製のモノも加わったが、いずれも本の重量に耐えかねて歪んだり撓んだりしては捨てられ代替わりした。そんななかで学生時代に買った木の本箱だけが残った。材質がシッカリしているうえに作り手の確かな仕事のためか、木の本箱は沢山の本の重量と出し入れにもビクともしなかったのである。こうして木の本箱と私の付き合いは、カミさんよりも長い40年になった。

しかし、その本箱との別れのときがきたのである。昨年、私たち夫婦は埼玉から東京に転居したのだが、本の分量と部屋のサイズとの関係からどうしても木の本箱を処分しなければならなくなったのだ。これまで身近にあるのが当たり前すぎた本箱だったが、いざ手放すとなると40年の重さが胸にズシンと響いた。木の本箱には本だけではなく、私の人生の思いも詰まっていたのである。捨ててしまうにはあまりにも忍びない。そう思った私は、転居当日、「差し上げます」と貼り紙した本箱をマンション玄関前の傍らに置いてマンションを去った。気になって数日後窺いに行ってみると、本箱の姿は消えていた。誰がもらってくれたかは知るよしもないが、あの本箱がどこかで使われているかと思うと、胸がジンと熱くなり、涙腺がゆるんだ。