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斎藤 誠 インタビュー

斎藤誠インタビュー前編


「木は生きてるから、ギターだって弾いてるうちにどんどんよく鳴るようになってくるんです。」

サザンオールスターズの作品への参加などで知られるギタリスト、
斎藤誠はみずからも上質のAORナンバーを歌うアーティストだ。
一昨年デビュー20周年を迎えた彼は、
その区切りの年と前後して、
楽器の魅力を最大限に引き出す木の力を強く意識した活動を始めている。
ここでは、そこに至る経緯、現在の心境などを聞いた。

──ギターを通して木に興味を持ったという、そのいちばん最初のきっかけは?

アルバムの歌詞を書かなきゃいけなくて河口湖のそばのコテージにひとりでこもってたんですよ。『9・11』の事件があった日です。で、あの時、東京のあたりにはすごく大きな台風が来てたから、外は風でゴーゴー鳴ってるし、テレビではそんなすごいニュースをやってるし、もう心がグシャとブッつぶされるような気分だったんです。 ところが、翌朝はもう台風一過。それで外へ出ていって森の中を歩いてみたんです。すると、台風で縮められてた地面とか木とかがいきなり息をし始める感じっていうのを体感できて、頭の中がすごくすっきりしたんです。台風一過の真っ青な空と息を吹き返してきた大地のコントラストで僕は一気に目が覚めてしまって、もちろん制作に関しても滞りなくうまく進められたんだけれど、そのときに自然の恵みというか歓びというか、そういったものを体感して、待てよと思ったのが最初かな。この横にいつもあるはずの木も同じように息をしているんだっていうことを再認識したんだよね

──そこから、楽器が木で作られていることを意識するようになるんですか?

その時はまだわかんなかった。ただ自然の凄さに圧倒されるだけで終わっちゃって…。でも、『WALTZ IN BLUE』という次のアルバムが自分の受けた恩恵というか、自然から恩恵もそうだし、いままで育ててくれた洋楽の曲たちや20年間応援してくれたファンへの感謝の気持ち、全部一緒にした作品になったんです。(タイトルの)BLUE っていうのはもちろん空とか海とかっていう意味だし

──その売り上げを寄付するということをされましたよね?

僕の売り上げなんて微々たるものですけれども(笑)、そのなかから森林認証の団体へ。森林認証というのも森林保全のひとつの運動ですよね。そこに僕もちょこっと乗らせていただいたという感じでしょうか

──その時点では、たとえば森林や木材に関してはどの程度の知識があったんですか?

一般的な情報のレベルでしたね。間伐の大事さを知ったのもつい最近だったし。でも、日本では間伐の問題がとても大きなテーマだということはよくわかりました。だから、すごく遅過ぎるわけ。だって、僕はギターを弾き始めて40年近くなるのに(笑)、今頃ギターは木でできてたんだっていう感じですよ。
でも、この年になってそれを実感したから、なおさら自分に与える影響としてはデカいんです。ただ、僕はたまたまギターっていつも体に抱えてるものだから、ちょっと遅かったけど…、気がつくことができたけど。なかなか普通の人はこういうことを体感するのはむずかしいというか、見落としがちだと思うんだよね。その木がいまも生きてるっていうことは。ギターの場合は弾いてるうちにどんどんよく鳴ってくるっていうのは本当の話だから。弾き手によって木が変わってくるんですよね

──それが「木だから」ということなんでしょうね。

そうそう。ヴァイオリンもピアノもみんな木だからね

──楽器以外で、木のものが気になったりすることはありますか?

楽器で材がどうだとか言ってるもんだから、じゃあ、これはなんだ?って気になるようになってきたんです。家具とか家を建てるときの材木とか、そういうものにも興味を持つようになりましたね。前は、色とか落ち着いた感覚とか、建材ということで言えば家全体の雰囲気にしか興味はなかったし。そうじゃなくて、この家を作ってる木は何を使ってるんだろう?とかね。そういうふうに、思うようになりましたね

──今後に向けて何か考えていることは?

さっき撮ったところみたいな場所でライブをやりたいですね。ああいうところに、お客さんは5、60人でいいから生声でね。木に声を跳ね返す、みたいなライブをやってみたいですね。
僕はね。海が嫌いなんです(笑)。というか、泳げないんです!だから、森のほうが好きなんです。木が生えてないと落ち着かないし、落ち着きたいときはすぐ木のそばにいく習性があるんで、落ち着いてライブができるんじゃないかと思います。やりたいな、森のコンサート

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インタビューと構成・兼田達矢

斎藤 誠

Singer Song Writer, Producer, Guitar Player, Composer

小学校3年生の頃、ビートルズ日本武道館公演のTV中継を観てR&Rと衝撃的に出会い、その後の人生を決定づける。
青山学院大学在学中、今では伝説となった音楽サークル“ベターデイズ”(桑田佳祐、原由子、小西康陽らが在籍していた)に在籍し、またまた音楽漬けの毎日を送る。
1983年にアルバム『LA-LA-LU』でシンガーソングライターとしてデビュー。
その後、様々なアーティストのプロデュース、アレンジ、セッションを重ねた斎藤誠のメロウな声と熟達したプレイを誰もが本物と賞賛。そして音楽活動20周年にあたる2003年、20周年企画盤アルバム『WALTZ IN BLUE』をリリース。'04、ベストバラードアルバム『BALLADS' BEST』リリース。'05『斎藤誠ゴールデン☆ベスト アーリー・コロムビア・イヤーズ』をリリース。